「医師としてのキャリア継続のため、ワークライフバランスの考え方を知るとともに、医師としての多様な生き方を学ぶ」ことを目的として取り組みました。
日 時:2024年10月25日(金)8:50~16:20
対 象:長崎大学医学部医学科3年生(男性62名、女性58名 合計120名)の「医と社会」教育の一環で実施。

<ロールモデル医師の講演① -ビデオ->

・長崎大学病院 医療教育開発センター / 腎臓内科 助手 大塚 絵美子 先生
「育児と育自~医師13年目、母11年目の現在~」
大塚先生は米国サンディエゴの国際学会に参加中のため、ビデオ講演とZoomでの質疑応答を行いました。
研修医2年目で結婚、医師3年目で出産を経験。初めての育児に戸惑いながらもパートナーは入局1年目のため仕事に邁進中で育児に関わる時間と心の余裕がない状況、自身もキャリアが中断してしまう焦りから、産後4か月で時短勤務の復職。大塚先生が、仕事も子育ても駆け出しの約10年前に発表した「育児と育自」のスライドを振り返り、第2子第3子の誕生を経て、医師夫婦が職場の状況や家族の成長に合わせて、どのようにワークとライフの両立を模索し選択してきたのかを知ることができました。
学生からの質問に対しては、支え合って働くことの重要性や与えられた環境に感謝しながら全力で取り組むことの大切さを述べました。
<ワークライフバランス講義 -ビデオ->

・長崎大学 理事(学生・国際担当) 伊東 昌子 先生
「多様性の尊重とキャリア形成について考える」
伊東先生は台湾に出張中のため、ビデオ講演を行いました。
生産年齢人口(15歳~64歳)が減少している現在においては、時間制約がある人でも働けるように(性別に関わらない、退職後も働ける、短時間でも働ける、多様な価値観に対応できるように様々なバックグラウンドを持つ人がいる)考え方を切り替える必要があると述べました。また、各種データを示し、政府は、女性活躍推進を提唱しているが、日本のジェンダーギャップ指数は低いままで他国ほど改善が見られない事を指摘。女性が能力を発揮して活躍するためには、ワークライフバランス支援とポジティブアクション(社会的弱者に対して格差是正を行う。日本においては有能な女性を積極的に管理職に登用する取組など)を、車の両輪のように同時に動かすことが重要であると説明しました。
<行政医師の紹介>

・佐世保市保健福祉部 医療監 讃岐 理々 先生
「ワークライフバランス 私の経験を添えて」
公衆衛生医師の魅力を発信していただくために讃岐先生にお越しいただきました。
コロナ禍では保健所の役割が注目視されたが、現場では医療の逼迫、職員は使命感に駆られて働き詰めとなり、ワークライフバランスをマネージメントすることができない状況に陥った。保健所の機能強化、危機管理能力の質と量の強化を図っており「全国いきいき公衆衛生の会」の活動紹介がありました。臨床医師・公衆衛生医師に関わらず、Public Health Mind を持って連携・協働しながら働く事の大切さを学びました。
<グループ討論>
仕事と育児の両立を目指す共働き夫婦が、問題に直面した時にどのように解決していくかを、グループに分かれて討論しました。



<医師会の取組紹介>

・長崎県医師会 常任理事 瀬戸 牧子 先生
医師の代表団体である医師会の取り組みや役割について、学生の時から関心を寄せてもらいたいと、6種の資料を配布し紹介がありました。ご挨拶後は、長崎県警察本部にてテロを未然に防止するために官民一体で情報共有する「テロ対策パートナーシップ長崎定例会」に県医師会「救急医療・広域災害」担当常任理事として出席するため今年は退席されました。
<発表と先輩医師からのアドバイス>
4つの事例毎に、全12グループが発表をしました。うち4グループはロールプレイング形式で発表をしました。


院内のワークライフバランス推進員や先輩医師からは、様々な視点からのアドバイスが挙がりました。




<ロールモデル医師の講演②>

・長崎大学病院 高度救命救急センター 助教 太田黒 崇伸 先生
「救急医として働くということ」
寝る間を惜しんで働くことが患者のため、育児にも積極的に参加している、との考えは自己満足だった。日本救急医学会の働き方改革アクションプランに掲げられている「人を救うには、まず自分が健康でなければならない」とのメッセージに感銘を受けて、勤怠管理見直しや1か月の育休取得を決断してワークとライフの相乗効果を体現されています。救急医の魅力は①シフト制で働きやすい環境 ②地域医療のセーフティネットとして貢献 ③救命という本質的な目標に挑戦を続けられる点と語り、救命現場のセンセーショナルな映像を供覧し、超急性期の患者さんに対し、瞬時の判断など救急医に求められることがわかりました。
<ロールモデル医師の講演③>

・長崎大学病院 移植・消化器外科 助教 濵田 隆志 先生
「デンマークから学ぶ医療従事者の働き方」
世界幸福度ランキング2位(2023年度調査)のデンマークを、様々なデータとエビデンスで日本と比較し紹介しました。世界で最も労働時間が少ない国で、37時間/週(終業15時)労働を可能にする仕組みが数々ありました。生活の面では、税金の高い国ですが、医療費無料、出産費無料、教育費無料など社会福祉が特に充実しており、留学生活中に嘘みたいな現実の世界を目の当たりにして「多くのことを経験することにより、医療人としてだけでなく、一人の人間として成長し、心豊かになる」と述べました。
また、働き方改革を進めるためには、仕事量を減らし、質を保つことが重要だと話しました。
<メディカル・ワークライフバランスセンターの取組紹介>

「メディカル・ワークライフバランスセンターの取組紹介」
医学部卒業後のキャリアパスのイメージを伝え、ライフイベントを迎えた際には、センターの取り組み「マタニティウェアの貸出」「長崎医師保育サポートシステム」を利用する、「私たちのワークライフバランス実践術」の男性育休取得編インタビュー記事を参考にする、相談窓口であるセンターや県内各病院にいる「ワークライフバランス推進員」に相談することなどを勧めました。
その他、グーグルフォームによる「講義前後アンケート」の実施や「キャリア&ライフ未来年表」の作成など、盛りだくさんのキャリア講習会でした。
<講義前後アンケートの集計結果抜粋>
●2024年度の受講予定者120名(男性62名、女性58名(女性の割合48%))のうち、アンケート回答者は、講義前106人、講義後108人でした。「ワークライフバランス」という言葉を聞いたことがある割合は、アンケートを開始した2014年で50%程度でしたが、現在では98%が耳にしたことがあり、浸透したといえます。
●現時点での将来の不安
「不安がある」講義前59%→講義後は63%に増加、「不安はない」講義前20%→講義後19%に減少
「不安があるかわからない」講義前22%→講義後18%に減少
講義後に「講義前と比べて不安が減った・不安がなくなった」と回答した割合61%
→本講義で将来の不安について、気づくことができている
将来に対する不安の内容(複数選択)
<2024年度>
1位「キャリア形成」17.4%
2位「結婚・出産」17%
3位「仕事と生活の両立」16.5%
<2016年度>
1位「診療科の選択」20%、
2位「勤務地」18%
3位「仕事と生活の両立」17%
→女性割合の増加に伴い「結婚・出産」が不安な学生が増えた
●「産休」「育休」の言葉は、それぞれ90%以上の割合で認知されている
「出生時育児休業(産後パパ育休)」の言葉は、80%以上の高い割合で認知されている
講義後の「自分も育休を取ってみたい」学生の割合は男女共に80%以上
→講義を受ける前から、育休取得を考える学生が男女共に年々増えている
●将来の進路を決定する時に重視するもの(3つまで選択)
<講義前>
1位「仕事の内容」2位「雰囲気の良い科」3位「やりがい」
<講義後>
1位「仕事の内容」2位「雰囲気の良い科」3位「希望するライフスタイルが得られる」
→講義後は、仕事と生活の両立を重視する学生が増えた
●仕事と生活の両立について
講義の前後で
「できる」14%→19%、「なんとかできそう」47%→69%と増加
両立への自信は講義後87%と高い割合に到達
「できない」「わからない」の割合は、いずれも講義後に減少
「今回の講義が将来役に立ちそうだ」と答えた学生95%
→講義の意義を感じられた
<学生の感想抜粋>
◎海外でも働いてみたいと考えていたので、具体的な話が聞けてさらに興味が沸いた。
◎地域で働き続けてる方、海外に行かれたことがある方、今と昔で働き方が変わった方、話の被りがあまりないような様々な先生方がおられて、非常に興味を持って聞くことが出来た。
◎今まで漠然と不安に感じていたことを具体的に聞けてよかった。頼れる先があると聞けて安心した。
◎様々な方は悩みながら、キャリアを形成していた。とにかく大切なのはパートナーや家族と話し合うことだと感じた。
◎色々な角度から話が聞けてとても貴重な機会となった。自分のキャリアについてもっとしっかり考えていきたい。
◎今日は男性医師、女性医師のどちらの観点からもお話が聞けて自分視点とパートナー視点に置き換えて考えることができたので良かった。
◎出産や育児とキャリアの両立にかなり不安を感じていたが、自分のペースで両立されている先生方のお話を聞いて少し安心できた。
◎日本の常識と世界の常識に大きな相違が見られ、幸福度に関しては日本が進んでいるとはとても言えない状況であることを再認識できた。これから先色々な仕組みが整っていくと思うので、アンテナを張って情報を追っていきたい。
◎キャリア形成と子育ての両立について、先輩医師の方々から様々な経験談を聞けて、とてもためになった。また、何年後か何をしたいみたいな事を具体的に考えたことがなかったので、この機会に実際に書き出してみることができてよかった。
◎今まであまり考えていなかった将来のキャリアや人生設計について、結婚・出産・育児や介護等で起こりうる課題やそれらへのさまざまな支援やサポートがあることを知った。自分はどうしたいのか、何をしていきたいのかなども今のうちから積極的に調べたり考えたりしていきたい。
↑講義前後アンケート集計結果抜粋グラフ
<先輩医師のコメント>
●臨床研究センター/ 呼吸器内科 福島 千鶴 先生
グループ毎に工夫を凝らした発表で、楽しく参加しました。学生さんが、かなり具体的に色々と考えていることに感心しました。また、男女の別なく「お互いに助け合う」という考え方に、私が育児をしていた頃との時代の変化を感じました。様々なケースを想定し可能なことは事前に計画を立てておくことは重要だと思います。このような授業があることにも意義を感じました。その時できることを一生懸命に行っていると周囲も助けてくれると思います。色んな人に相談することも大切です。これからのライフイベントを楽しんでほしいと思います。
●臨床研究センター/ 呼吸器内科 松尾 緑 先生
今回講義に参加してみて、学生さんにとっては今後の働き方を考える良い機会になったのではないかと思います。ありえる事例ばかりで、いつか自分も同じ状況になるかもしれません。実際はその時の状況、環境など様々な要因で答えも変わると思うし、正解はないと思います。でもその時に初めて考えるのか、今まで考えたことがあるかで判断も変わると思います。「後ろ向きの後悔をしないように」という学生さんの言葉はとても印象的でした。学生さんの考えを知れて私も新鮮な気持ちになり良い刺激になりました。
●医療教育開発センター/ 消化器内科 松島 加代子 先生
つい数年前は、病児保育とは何「ハテ?」という感じだったのに、今では皆さん綿密に多種の選択肢を準備していて、時代の変遷を感じながら聞いていました。地域枠など、もしパートナーの勤務先に制限があった場合、一方が我慢するのではなく、少しずつ譲り合いつつも、ぜひお互いの望むキャリアのど真ん中を進んでくれたらなぁと思います。何か日常で困ったことや、キャリアに迷うことがあれば、キャリア支援室にお越しくださいね!
●小児科 佐々木 理代 先生
提示されていた4つの事例は、今の自分は誰にでも起りうるリアルな設定だと感じましたが、学生の頃の自分には想像もできていなかったと思います。学生さんの発表では、いずれもしっかり自分の事として考えられており、発表された解決策も非常に現実的でびっくりしました。また、自分とパートナー両方のキャリアや希望を尊重しようとする姿勢も素敵だなと感じました。実際には、今は想像もしていないやりたいことに出会うかもしれませんし、難しい選択に迫られる場面もあると思います。でも学生の時からやりたいことを大事にする姿勢と、色々な選択肢の知識を持っている皆さんなら、きっと大丈夫です。頑張ってください。
<南 貴子 センター長 所感>
2024年度、医学科3年生の女性学生の割合は、昨年の46%を超えて過去最多の48%でした。講義前・後に行ったアンケート結果を見ると、いずれも回答している女性学生の割合は50%以上で、これまでの30%台の時代と比べると、何かが変わる予感がしました。
今年も、次世代を担う学生に医師の多様な働き方を知ってもらうために、3人の子育てをしながらキャリアアップを目指している女性医師、コロナ渦に大変な時期を過ごした行政医師、男性で育児休業を取得した救急科医師、留学のため家族全員でデンマークに行った外科医師など、いろんな分野の先生方にご協力いただき、仕事と生活についてご講演いただきました。
グループワーク後の発表では、問題点として「収入面の検討」や、解決策として「パパ友に連絡」「別のパートナーを探す(=離婚)」など、これまで出てこなかったような選択肢も挙げられており、時代の変化を感じました。
自身の将来設計を記入する「キャリア&ライフ未来年表」では、男性学生の22人が「育休取得」を計画しており、太田黒先生の講演が心に刺さったのだと思います。また、昨年の27人を超える34人の学生が「海外留学」を計画しており、濵田先生の講演がとても刺激的だったと思います。瀬戸先生の医師会活動の紹介を受けて「医師会役員になる」と記入した学生も数名おりましたので、直接当事者からお話を聞くことで、キャリア選択の幅が広がったのではないでしょうか。丸1日をかけて行う長い授業ですが、学生含めご参加いただいた方々の記憶に残る貴重な1日となるように、来年度も多様なキャリアの医師をご紹介できるように計画したいと思います。