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VOL.16 輝く卒業生インタビュー 藤田 利枝 先生

2026.06.08

VOL.16
藤田 利枝 先生
・久留米市保健所長
・全国保健所長会会長


<略歴>
1996年(平成8年)3月 長崎大学医学部卒業
1996年4月~ 長崎大学医学部附属病院第二外科入局、研修開始・関連病院に勤務
2005年1月~ 長崎県に入庁、長崎県の行政医師として県立保健所や県庁にて勤務
2024年4月~ 久留米市に転職し久留米市保健所長に着任、全国保健所長会会長就任(現在2期目)

医師を志した時期や理由をお聞かせください。

高校生になって進路を考えた時、「資格のある仕事に就きたい」と思いました。
理系が好きで数学の教師になりたいとも考えましたが、高校の先生から医師を勧められ、良い資格職だと思ったのがきっかけです。

ちょうど長崎大学医学部で推薦制度が始まった年で、高校からの推薦をいただいて医学部を受験しました。

どのような医師を目指しましたか?

親戚を含め周りに医療職はおらず、医師の生活も詳しく知りませんでした。
私自身、病気もほとんどしたことがなかったので、学生時代には「こんな医師になりたい」という具体的なイメージは全然なかったです。

これまで、一番つらかったことはどのようなことでしょうか?

これまで辛いことがなかったわけではなく、コロナ禍もとても大変でした。
ただ、今となっては「これが一番」という強い印象が残っているものはないかもしれません。楽天家ということでしょうか。

全国保健所長会の会長という立場には、どのような経緯でなられたのでしょうか?

保健所は全国に約460あり、8つの地域ブロックに分かれています。
全国保健所長会(以下、所長会)に最初に携わったのは、長崎県保健所長会会長を務めていた際、地域ブロック代表(と言っても九州内での持ち回りですが)になった時です。

2年間地域代表として理事を務めた後、会長指名理事を2期4年、さらに副会長を1期2年務めました。
副会長2年目の時に会長に推薦され、選考委員会を経て就任しましたが、推薦されたのが私一人だったので出来レースですね(笑)。

会長という立場になって、考え方が変わったことはありますか

所長会の仕事を通じて、自治体によって保健所のあり方が千差万別であることを知りました。
福祉事務所と合併して保健所長が組織のトップではないところや、保健所の機能が市役所の中で分散されているところなど様々です。
また、外国人住民の比率が高い地域や、広い過疎エリアを抱え人口減少が著しい地域など、各保健所の課題も異なります。

その全体を俯瞰して、みんなが共感できる取り組みを進めるのが所長会の仕事です。
「自分の管轄地域の課題だけを考えておけば良い」のではなく、保健行政に携わる多くの方々に役立つことは何かを意識するようになりました。

所長会では毎年、全国の保健所からの要望を取りまとめて厚生労働省(以下、厚労省)へ提出していますが、ここでも幅広い意見を国の施策に反映してもらうための提言をしています。
厚労省の担当部局の方々は真摯に応対してくださり、予算が伴う案件には数年かかりますが、こちらの意図を汲んだ通知を出して迅速に対応してくれることもあります。
保健所長は行政職なので政治力はありませんが、国と協議しながら新たな制度作りに携われる、非常に面白い仕事だと改めて実感しています。

会長になって、大変なことはどのようなことでしたか?

言ってしまえば、全て大変です(笑)。
本来の保健所長としての業務に、さらに任務が上乗せされる形になりますので。ただ、これは私に限ったことではなく、役員を務めてくださっている他の所長方も同じです。

会長就任後は、国の検討会や審議会などに委員としての出席を求められることも増えましたが、今はオンライン会議が普及しているのでその点は助かっています。
それでも、訓練や対面研修、地域ブロック会議への参加などで、多い時には月に3回程度の出張があります。

会長になってよかったと思われることはどのようなことでしょう

広い人脈ができたことです。
会長3年目になり、厚労省の担当の方とも顔見知りになったため、訪問時の名刺交換が不要になりました!
担当部署から異動された後でも、「あの人がこの件に詳しいから、頼めるのではないか」と、以前いただいた名刺を探して連絡し、お力添えをいただくこともあります。

それから、所長会の役員の先生方など、人に恵まれて仕事ができることも大きな財産です。
行政医師は少数職種ですが、多様なバックグラウンドを持つ仲間と出会い、様々な経験を共有できるのは特権ですね。

これからやりたいこと、今後の予定や夢などはございます

まず、私が会長に推挙された時、他に立候補者がいませんでした。
「会長は大変だからやりたくない」と敬遠されるのではなく、今後は複数の立候補者が出るような魅力ある役職にしたいと思っています。
そのために、みんなで協力し合える「和衷協同」の組織を目指し、役員の役割分担も見直しているところです。
2期目が終わる時には、「次こそ自分が会長をやりたい!」と手を挙げてくれる複数人の中から、適任者に引き継ぎたいですね。

久留米市保健所長としては、住民の健康度を上げる取り組みを進めるためにも、地域をもっと深く理解し、様々な人と繋がりたいと考えています。
久留米は私にとって縁もゆかりもない土地で、2年前に着任した時はまさにゼロからの出発でした。
今もまだ知らないことだらけですので。

漠然とした長期的な目標ですが、将来は矯正施設(刑務所や少年院など)の医療に関われたらと思っています。
数年前、累犯受刑者の方々に健康講話をする機会がありました。生活能力が低く、成育環境も決して恵まれてこなかった方々です。
また、虐待によって生まれたその日に亡くなる「0日児」死亡事例の加害者はほぼ実母ですが、その背景に軽度知的障害が隠れている事例も指摘されています。
このような「罪を犯さざるを得ない状況に追い込まれた方々」の支援に、これまでの経験を活かし、医師として少しでも貢献できればと考えています。

リラックスするための方法や趣味はお持ちですか

公務員は時間通りに終業すると思われがちですが、私の場合は所長会の仕事もあるため、ほぼ毎日居残りしています。21時に守衛さんが施錠に来て、慌てて帰り支度をすることもよくあります。
そんな忙しい日々ですが、夜に夫と晩酌をしたり、外食に出かけたりして息抜きを楽しんでいます。

また、10数年前に子どもに感化されてカトリックの勉強を始め、その後、洗礼を受けました。
趣味とは少し違いますが、神父様の講話を聴いたり、時間を工面して黙想会に参加したりすることは、私にとって大切なエネルギーチャージです。
その時々に悩んでいることへのアドバイスを絶妙なタイミングでいただけることも多く、荒みがちな心を引き戻してもらっています。
出張先でも、近くにある教会を訪問してミサに与ったりしています。

夫、娘(大学生時)とスコットランド旅行

若い医師へのメッセージをお願いいたします。

「苦労は必ず報われる」ということです。
仕事でも私生活でも、辛い思いをすることは誰にでもあります。
私も「なぜこんなに面倒で大変なことが自分に回ってくるのだろう」と思ったことが何度もありましたが、何年か経ってから「あの経験はこのためだったのか」と答え合わせができたものがたくさんあります。

私生活での苦労が仕事に活きることもあれば、その逆もあります。
辛いことも長い目で見ればただの通過点です。スマートにこなせなくても、綱渡りのような状態でも構いません。
「何とかやり遂げよう」「目の前の困難を少しでも解決しよう」ともがくことで、この年齢になっても少しずつ成長できているのではないかと感じています。

<インタビューを終えて>

藤田利枝先生は、あじさいプロジェクト創設時のメンバーとしてご尽力いただき、2018年10月学生キャリア講習会の講師として行政医について紹介していただきました。
公衆衛生医師YouTubeチャンネル、2026年1月m3.com(医療従事者専用サイト)でも詳しく紹介されていますが、外科医として10年勤務の後、行政医となり、長崎県民(今は久留米市民)を対象とした仕事をしながら、保健所長会会長として、国との連携、全国の保健所との連携の仕事をされ、活動範囲が広がっておられます。

社会派Doctorとして、しっかりとした軸があり、これからも、やりたいことを確実に進めていかれるだろうと感じました。先生の益々のご活躍を祈念いたします。

令和8年5月インタビュー