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女性養成医編-(3)『一生懸命働いていたら、11年の義務年限が終了!』久米 可奈子 先生

2025.08.01

私たちのワークライフバランス実践術 No.30
女性養成医編(3)
長崎県上五島病院 産婦人科 久米 可奈子 先生(30代)


『一生懸命働いていたら、11年の義務年限が終了!』
2024年11月22日インタビュー

<略歴>
● 医学部卒業
●2014年 長崎医療センター研修医(2年間)+後期研修(1年間)
●2017年 長崎県上五島病院(1年間)
●2018年 長崎県対馬病院(2年間)
●2020年 長崎県上五島病院【義務年限:4年✕2+2年✕1.5=11年間→義務完遂(5年生から制度変更)】
●2025年 長崎県上五島病院(半年間)

Q1. 養成医になった経緯を教えてください

A1. 私は長崎県雲仙市千々石町の出身です。地元中学の先生から勧められ、隣の諫早市にある私立高校の特待生になりました。当時、進学クラスが新設されていて、医学部志望の同級生がいました。若くて熱心な担任の先生の働き掛けもあり、私も医学部を目指したんです。

その頃から、長崎県の修学生制度があることは聞いていました。1年の浪人を経て入学後、すぐに手続きして制度を利用することに。面接では「将来、君は離島で働くことになるんだよ」と言われましたが、故郷の雲仙市も陸の孤島のような場所。環境はそんなに変わらないだろうと思っていました。
実際、千々石町周辺には産婦人科がなく、母は諫早まで行って出産しました。それで、医学部を目指した頃から、産婦人科医になろうと思っていました。

私には弟妹が5人いて、経済面を考えると修学生制度は本当にありがたく、そのまま養成医の道に。養成医の後輩となる産婦人科医は、ずいぶん下の学年までいませんでした。上五島から対馬、上五島と異動しながら一生懸命働き続けて、気付いたら11年の義務年限に。2024年秋に1通の手紙が届き「(義務年限が)終了しました」と書いてありました。

Q2. 義務年限終了後の働き方、暮らし方は。

A2. 今のところ、2025年秋から、他県の病院の産婦人科で1年間研修をしながら、その先のことを考えていくつもりです。もっと勉強したいことが出てきたら、それができる病院を探したいです。周産期か腹腔鏡かも悩んでいるので、研修中に決めようと思っています。

我が子がいたらきっと楽しいだろうとも思いますが、今のところはパートナーもいなくて、自由気ままに生きています。妊娠・出産を経ないキャリアプランもありだと思っています。

Q3. 普段1日のスケジュールは、どんな感じですか。

A3. 朝は7時に起きて8時に出勤、8時半から業務開始で9時から外来です。妊婦さんが入院している時は、もう少し早く出勤して診察しますが、最近は出産件数が減ってきていますね。2017年に上五島病院に勤務した時と比べると、お産はぐっと減少しています。

外来は、2023年度まで月~金曜でしたが、2024年度は金曜を休診にしています。看護師さんの人数の問題で外来枠を減らす必要があり、思い切って休みとしました。

本来産婦人科は1人体制ですが、今年はゲネプロ(※)という団体から、内科の医師が来てくれています。その先生が産婦人科専門医でもあるため、業務をサポートしてもらっています。
※ゲネプロ:全国の離島・へき地にある病院と連携し、総合医として必要なスキルが習得できる1年間限定プログラムを提供している団体

お昼ごはんは、だいたい病院の食堂へ行きます。1日3食のうち、一番しっかりした栄養をここで取ります。

午後は病棟業務で、お産や婦人科手術があればします。ただ1人体制なので、以前と比べ、どうしてもできないこともあります。

産後健診やワクチン接種もしています。特に2024年は、子宮頸がんワクチンのキャッチアップで、受診者が少し増えました。

業務終了は17時15分ですが、その時間に帰ることは多くないですね。書類仕事をしたり、マンモグラフィーの読影をしたり。産業医の資格もあるので駆り出されることもあり、いろんな業務をさせてもらっています。早くて18時、遅くて20時頃に帰宅。

そこから夕食を適当に食べてボーッと過ごしたり、他県に住む妹に誘われて、オンラインゲームをしたりしています。時にはお互い愚痴を言いながら……。遅くとも24時くらいには寝る感じです。

Q4. ロールモデルの存在は。

A4. 長崎大学病院産婦人科の長谷川ゆり先生です。

私が学生の時は医局長でした。クリクラで産婦人科に行った時や、上五島病院にお手伝いで来られた時も指導していただきました。長谷川先生はバリバリ働いておられて、すごく尊敬しています。能力や才能が足りない私が、ロールモデルと言うとおこがましいですが……。

Q5. 離島医療に従事して、良かったことは?

A5. 婦人科領域や産科領域、性教育など、いろんな経験をさせてもらえたことですね。

長崎県教育委員会から、3年に1回くらいのペースで中高生に性教育の講演依頼が来ます。たまに、小学生を対象にすることもあります。上五島高校、中五島高校には、何回か講演に行っています。

Q6. 離島医療に従事して、大変だったことは?

A6. 周りからの期待が過剰に感じる時がありますね。

例えば、婦人科疾患の大きな腫瘤を取る手術を「島内でどうにかできないか」という患者さんの希望とか、「できるんじゃないか」という医療スタッフの希望とか。

私としては、できれば麻酔科医がいて、腹腔鏡ができる病院に紹介したいところ。

でも、島外に出られない事情もあるから、どうにか上五島病院で、ということになりました。結局、産婦人科医の山口純子先生(本冊子Vol.1で紹介)にお手伝いに来ていただき、手術することができました。

Q7. 離島医療で働く医師としてのやり甲斐は、どんなところ?

A7. 前述のように、大きな病院に症例を集約し、手術件数を増やして分析して、という最近の流れとは異なりますが、その分、離島で感じるやり甲斐はあります。

自分でどこまででもできるし、やろうと思ったことは全部できるところですね。結局今でも、産業医に手を出してみたり、マンモグラフィーもかなり積極的に読影したりしています。手広くやりすぎている感もありますが、いろいろ挑戦できているのは本当にありがたいです。

島に1つしかない産婦人科なので、性教育の機会も含め、若い子の月経の相談も多いんです。そういうことにも関われるのは、とても良かったと思います。

Q8. 久米先生が考える離島の医師とは?

A8. 私が産婦人科医として感じる離島の医師とは、適切な診断をして、ちゃんとつなげる力がある医師です。

島でできるのはここまでだと判断できて、そこから適切な医師・施設につなげることが、私は離島の医師として一番大事なスキルだと考えます。

私自身はそこを目指してきました。自分で全部何でもやると抱え込み、患者さんの転帰が悪くなるよりは、早めにちゃんと診断して、適切に搬送することの方が大事だと個人的には思います。「無理してできると言わない」「抱え込まない」「適切に情報をまとめ、適切に紹介する」ことを目指してきたつもりです。

Q9. 専門医取得や学会参加は?

A9. 専門医は、対馬病院から上五島病院に異動した後に取得しました。

学会はほとんどオンラインで単位を取っています。学術集会での発表はほとんどしていません。

大きな会場で発表することに苦手意識があって……。その代わりではないですが、産業医やマンモグラフィー読影の資格を取ってきました。

Q10. 離島の生活はいかがですか?

A10. 陸続きの故郷と比較すると上五島の方が、ある程度島内で完結できるようお店が揃っています。若い人も住んでいて、活気があっていいと思います。

そういえば上五島で運転中、道に出てきたイノシシにぶつかったことがありましたね。車の前の部分がボロボロに壊れて、車を買い替えました。

Q11. ストレス解消法や、座右の銘はありますか?

A11. ストレス解消法は妹とゲームすることですね。大好きな甘いものや、お肉を食べるのもストレス解消になります。「五島美豚(ごとうびとん)」というおいしい豚肉があるので、よく食べています。

座右の銘は「衣食足りて礼節を知る」。自分に余裕がないと、患者さんにも優しくできませんよね。

「追い詰められているな」と感じる時は、積極的に休んで寝るようにしています。「12時間寝たわ~!!」ということもありますよ。

Q12. これからの人生設計は?

A12. これまでたっぷり働いたので、この先は、24時間365日お産のことを考える生活ではなく、ちゃんと働いてちゃんと帰る、オフのある生活がしてみたいです。

今は5人の助産師さんと連携し、「我々が上五島のお産を担っているんだ!」という熱意と責任感で頑張っています。でもこの先、助産師さんが減る予定があり、島の産科がどうなっていくのか心配です。

でも、私の次に来る産婦人科の医師が、全然違う働き方、新しいやり方に変えるかもしれませんね。

私個人としては、これからも産婦人科としてのアイデンティティは持ち続けながら、普通にオンとオフのある暮らしがしたいかなと。いつまで第一線で働けるか分かりませんが、定年まであと30年くらい。普通に長く働けたらいいなあと思っています。

でもやっぱり、周産期医療は好きなんですよね。行政にかかわる仕事も気になっています。

産婦人科として女性を診ていると、今の社会では、女性が虐げられていることが多いと感じます。「この世の中をどうにかしたい」という思いがあふれることも。政治との関わりではなく、何かしらの社会貢献をしたいと考えています。

父親の介護問題も、この先の人生設計に入りますね。地元にいる父親の受診のために、今も月1回くらい通っています。

Q13. 久米先生にとって離島とは?

A13. 絆を感じるところです。

妊婦さんや患者さん、助産師さん、スタッフ……。人とのつながりを感じられるところですね。

Q14. 10年後の離島医療の展望について、どうお考えですか?

A14. 正直、上五島病院でのお産はなくなっているかもしれませんね。働き方改革で、お産を集約する方向になっているのではないでしょうか。

例えば、五島中央病院のほか、長崎市や佐世保市など、分娩前に移動して近くのホテルで待機してもらうとか。その際の費用は町が補助する、といったことになっているかもしれません。

Q15. 将来養成医になる医学生や、後輩養成医へメッセージをお願いします。

A15. 離島は大変なこともあるけれど、すごく勉強になる場所だと思います。看護スタッフや技師さんなど、医療従事者のみんなから学びを得られるので、先入観なしで飛び込んでほしいと思います。いろんな職種のスタッフと距離感を持たずに、仲良く話をしていろんなことを吸収してほしいですね。

<センターより>
離島の産婦人科医の少ない環境で、与えられた使命を全うし、11年間の義務が終わったという久米先生。バイタリティがあり、スタッフにも信頼されています。これからは、産婦人科医としての自分磨きを行うとのこと。とはいえ先生は、どこにいても一生懸命働いておられることでしょう。また長崎県のために働いてくださる日が来ることを願います。